豊島2冠が新名人へ ~ 将棋 / 実力制第14代名人誕生(第77期名人戦)

第4局で決着

とうとう持ち時間が残り1分となり、記録係から「50秒」と読まれたときだった。

「負けました」

投了とうりょう」を告げる佐藤さとう天彦あまひこ名人のはっきりとした声が聞こえた。

対局者のどちらかが、自分の負けを認めることで勝敗が決まる将棋。

対局者本人はもちろん、ファンにとっても、辛く、厳しい「投了」の瞬間である。

 

2019年5月17日、第77期将棋名人戦7番勝負第4局が終局した。

挑戦者・豊島とよしま将之まさゆき2冠(王位おうい棋聖きせい)の勝ちとなった。

時刻は、やがて午後9時を迎えようとしていた。

14人目の「実力制名人」誕生

この結果、今期名人戦7番勝負は、挑戦者・豊島2冠の4勝となり、豊島2冠が名人位を獲得、新名人となった。

実力制に移行してから14人目の名人=実力制第14代名人の誕生である。

また、豊島2冠は、規定(名人位獲得)により同時に九段に昇段(タイトル獲得数3期という九段昇段の条件もクリア)、王位、棋聖と合わせて3冠となった。

4月10日、第1局の1日目で千日手せんにちてが成立し、翌日、指し直し局を「1日指し切り」で行うという珍しいスタートをきった今期名人戦。

その名人戦も、結局、挑戦者の4連勝で幕を閉じた。

対局後のコメント

第4局の終局後、名人位を獲得しての感想を聞かれた豊島新名人は、「名人戦に出られるだけでもうれしいこと。1局1局ていねいに、その瞬間、瞬間を大切にしようと思ってやってきて、結果も出せてよかった」と、その心境を語った。

また、4対0というスコアについて尋ねられ、「実力以上のものが出た部分もあるし、指運ゆびうん、ツキがあった」と述べた。

一方、今回の結果について、コメントを求められた佐藤名人は、「ベストは尽くしたが、実力不足で、その意味では、この結果はしょうがない」と述べ、「最少局数で終わってしまったことは、次以降の対局場(第5局以降の対局予定になっていた所)で待っている方や、応援してくださっている方々には面目めんぼくないなあと感じている」と付け加えた。

ネット中継の時代に

終局と同時に、対局室へ報道陣が流れ込み、対局者へコメントを求めるのはいつの時代も変わらないものだ。

それは、翌日のニュース配信、解説記事掲載のためだが、インターネットの普及により、「終局の瞬間」が生中継されることが多くなった。

つまり、終局直前や終局直後の様子を、生中継で見ることができる時代になったのである。

ネット環境さえあれば、自宅に居ながら、プロの対局を生中継で見ることができ、勝敗を知ることができる。

長い間、プロの将棋界に関心を寄せてきたファンは、この新しい時代をどのような思いで見つめているのだろう。

心が苦しくなるが

終局後、精神的にも肉体的にも疲れ切った体で、目の前にいる対局相手を気遣い、言葉を選びながら報道陣の問いに答える両対局者。

現代のプロ棋士たちは、将棋の普及、発展という側面からも、ネットでの生中継を受け入れなければならないのだろう。

長時間の頭脳戦を制したときの喜びや開放感、負けたときの喪失感をかかえながらも、静かにインタビューに答えている両対局者を見ていると、その「奥ゆかしさ」に敬意をいだきつつも、わたしの心は少し苦しくなる。

これも将棋界の発展のためと、プロ棋士も将棋ファンも割り切って考えないといけないのだろうと思う。

棋聖戦での好勝負に期待

当日の記者会見で豊島新名人は、名人としての今後について尋ねられ、「技術的にも人間的にも未熟。少しずつ成長していきたい」と述べた。

また、「ファンに対して」という問いに、「結果が出ない期間がずっと続いていた。それでも応援してくださる方がいて、それが励みになった」と述べた。

20才のときのタイトル初挑戦から、初のタイトル獲得までの道のりが長かった豊島新名人らしい実感のこもった言葉だった。(資料1参照)

名人位を獲得し、ホッと一息つきたいところだが、さっそく、渡辺わたなべあきら2冠(棋王きおう・王将)を挑戦者にむかえての棋聖戦が始まる。

「(渡辺明2冠は)実績的にもかなり上で、対戦成績もが悪い。防衛するというより、挑戦するような気持ち」と豊島新名人は、棋聖戦について述べた。

「3冠」対「2冠」、実力者2人が番勝負を戦う。(資料2参照)

好勝負を期待したい。

再始動した佐藤天彦九段

今回名人位を失った佐藤天彦名人は、佐藤天彦九段として再始動した。

佐藤九段は、5月24日に行われた第32期竜王りゅうおう戦2組ランキング戦決勝で勝ち、2組優勝で決勝トーナメント進出を決めた。(資料3参照)

この結果、好位置から竜王戦決勝トーナメントへ出場する。

今期名人戦では、今一つ波に乗れなかった佐藤九段。

今後の佐藤九段の対局にも注目したい。

 

※ 豊島新名人が名人戦挑戦者になった記事は、こちらをどうぞ。

 

 

参考資料

<資料1>豊島新名人とタイトル戦

<20才でタイトル戦初挑戦>

 

<2連敗の後、2連勝したが最終局で敗れた羽生さんとのタイトル戦>

 

<羽生さんとの2度目のタイトル戦>

 

<第5局、第6局はA級順位戦プレーオフと同時進行>

 

<2勝2敗の後、最終局に勝って、初タイトル獲得>

 

<2勝3敗の後、2連勝で2つ目のタイトル獲得>

 

<4連勝で名人位獲得、3冠となる>

 

<資料2>将棋界タイトルホルダー

 

<資料3>第32期竜王戦決勝トーナメント