漫画 /「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」~ 自分の気持ちが、自分に近づくまで、もう少しお待ちください・・・
出会いの季節
4月になり、入学、進級、入社、転勤など、新しい出会いの季節がやってきました。
きっと、あちこちで、自己紹介が行われていることと思います。
わたしも今まで、数多くの場所で、自己紹介をしてきました。
また、自己紹介をすることを他の人にも促してきました。
苦手だった自己紹介
わたしは、幼い頃から、人前に出ることや、人前で自分のことを話すことがとても苦手でした。
その影響からでしょうか、他の人に自己紹介をしてもらうときは、できるだけ必要最小限にすませるよう勧めてきました。
初めて知った存在
漫画「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」(作:押見修造さん、2013年)を読みました。
読んでいる途中、自然と涙がこぼれました。
志乃ちゃんが、入学式の前、自宅の机とイスを使って自己紹介の練習をする姿を見て驚きました。
本を読みながら今までの自分を振り返っていると、スーッと涙が出ていることに気づきました。
わたしは、入学式の前に、自己紹介の練習をしている人の存在を知らなかったのです。
自己紹介直前まで
志乃ちゃんは、特に母音で始まる言葉を発することがスムーズにできませんでした。
ですから、母音で始まる言葉は、他の言葉に言い換えたりしていました。
ただ、自分の苗字である大島(おおしま・・・母音で始まる)は、言い換えることができません。
自己紹介をするかもしれない日の数日前から、実際に自己紹介をする直前まで、志乃ちゃんはずっと緊張し続けるのでした。
志乃ちゃんの「すいません」
志乃ちゃんは、入学式後のホームルームでの自己紹介のときや、授業中に指名されたときなど、いろいろな場面で苦労します。
先生から「どうしたの?」と尋ねられたり、クラスメイトから笑われたりすることもあります。
そのたびに志乃ちゃんは、「すいません」と謝ります。
志乃ちゃんの「すいません」へのフォローは、残念ながら誰からもありませんでした。
「謝れよ」の本気度
志乃ちゃんのまねをする子に、「サイテー おまえ謝れよ」と他の子が言う場面もありました。
その言葉は、志乃ちゃん本人にも聞こえていました。
しかし、「謝れよ」と言っている子の本気度が、わたしには伝わってきませんでした。
だったら、何も言わないでそっとしておいてほしい、わたしは即座にそう思いました。
志乃ちゃんの声が聞こえた
やがて、志乃ちゃんに友だちができます。
そして、ひょんなことから、志乃ちゃんは友だちと一緒に歌を歌うことになります。
志乃ちゃんが、「あの素晴しい愛をもう一度」を歌う場面を見て、すごくうれしくなり、またもやスーッと涙がこぼれました。
この歌の出だしは、「いのーち かけてと・・・」と母音で始まるのですが、志乃ちゃんは気持ちよさそうに歌い始めます。
この場面は、とても印象に残った場面で、志乃ちゃんの声が紙面から聞こえてきた場面でした。
わたしの思春期
志乃ちゃんと同年代の頃、わたしは、みんなと同じであることで、目立たないようにしていました。
かと思えば、ふと、目立つことをしたくなるときもありました。
心の中で思っていることと、全く正反対のことを言って厳しく叱られたこともありました。
また、意識せずにしたことをほめられ、恥ずかしくなってその場から逃げ出したこともありました。
このような、何ともつかみどころのない思春期の自分、自己嫌悪、自己否定、これらはいったいどこから来て、その一部はどこへ消えて行ったのでしょう。
今となっては、それらのことが、人を傷つけることで解消されていないことを祈るばかりです。
応えられないことも
人は、それぞれ、自分の中にいろいろなものをかかえて生きています。
表面に出さざるを得ないものもあれば、心の中にしまっているものもあります。
(ここで、お互いの苦労比べをするつもりはありません)
まわりにいる人も、善意からでしょう。
励ましてくれたり、考え方に対するアドバイスをしてくれたりします。
しかし、それに応えられないこともあります。
他の人が何と言おうと、自分の気持ちの中に入って来ないものは、入って来ません。
背中を押してもらっても、動きたくないときは動かないし、実際に動けないことも多いのです。
待つということ
本を読みながら、自分が志乃ちゃんのまわりにいたら、どうするのだろうと想像しました。
もし、わたしが、志乃ちゃんが心を許せる友だちの一人になったら・・・。
それでも、志乃ちゃんは、わたしが先走ったことをすると、その働きかけにブレーキをかけるでしょうね。
手のひらをわたしの顔の前に広げて、その行動や言動にストップをかけることでしょう。
「自分の気持ちが、自分に近づくまで、もう少しお待ちください」と・・・。
「あとがき」を読んで
作者の押見修造さんの「あとがき」を読み、この作品が作者の体験をベースにした作品であることを知りました。
押見さんが「漫画」という形で爆発させたように、志乃ちゃんも、心の中に封じ込められていたものを、いつか違う形で爆発させてほしいなと思いました。
※ 「あの素晴しい愛をもう一度」は、作詞:北山修さん、作曲:加藤和彦さん、歌:加藤和彦さんと北山修さんで、1971年に発表された曲です。
※ 入学だけでなく、卒業に関する記事もどうぞ。