星のきれいな島で【7】青春“誘惑”編(ボクとボクらの話)
前回の話は
人気者のジャンボさん
12月24日、わたしは3年生のときに体験実習をした市内の幼稚園にいた。
幼稚園ではこの日、「クリスマス会」が行われていた。
クリスマス会には体験実習をした学生が全員手伝いに来るという話だったが、来ているのは主に3年生の女子だった。
4年生は、わたしと、わたしと同じ専門コース(教科課程)の男性の2人だけだった。
その男性はとても大柄で、子どもたちからも人気があり、「ジャンボさん」と呼ばれ親しまれていた。
ジャンボさんは2つ年上で、実家の幼稚園の手伝いをしていることもあり、子どもとの接し方も上手だった。
彼女がいないジャンボさん
「今日はクリスマス・イブだもんね」
クリスマス会が終わり、後片付けをしている最中に、ジャンボさんがわたしに話しかけてきた。
「こんな日に幼稚園の手伝いに来ているって、彼女がいないのがバレちゃうなあ」
ジャンボさんはそう言いながら笑った。
わたしはどう答えていいかわからず、ジャンボさんを見上げた。
「おっ、園児にも負けない、まん丸い目だ。かっわい~い!」
ジャンボさんが冷やかした。
触れてほしくない話題
悪気はないと思うが、目の大きさは、わたしにとって触れてほしくない話題だった。
中学生の頃、同姓の子がいたが、学級の中ではこんなやりとりが行われていた。
誰かが同姓であるわたしたちの苗字を言う、それだけだと2人のうちどちらのことかわからない、だから、「どっちの方?」と言う声が聞こえる。
その「どっち?」が、わたしの方をさしているときは「目の方」・・・。
わたしは、いつのまにか「目の方」と呼ばれるようになった。
自分に嫌悪感を抱く
しかも、わたしの下の名前が「め」から始まることもあって、日直の名前を黒板に書かれるときも、わたしの苗字の後ろには小さい字で「め」と書かれた。
今では考えられないことだが、担任の先生も、出席をとるとき、わたしの苗字のあとに「め」と付け加えてわたしの名前を呼んだ。
先生も含め、言っているみんなは、「気にするようなことではない」と思っている。
でもわたしは、「目の方」と言われるたびに、黒板に小さく「め」と書かれるたびに、自分のことを話題にされているみたいでいやだった。
そっとしておいてほしかった。
そして何よりも、そんなことを気にする自分に嫌悪感を抱いていた。
ジャンボさんに送ってもらう
「雨が降ってきたみたいだよ。送って行くよ。バス停の所だったよね」
ジャンボさんは、去年のクリスマス会のとき、後片付けで遅くなった実習生3人を車で送ってくれた。
「好きな場所まで送っていく」というジャンボさんのご好意に甘え、それぞれが行き先を告げて送ってもらった。
そのときわたしは最後の一人になり、自宅の近くにあるバス停より2つ先のバス停で降ろしてもらった。
ジャンボさんはそのことを覚えていた。
「今年もお世話になりました。ありがとうございました」― 幼稚園の先生方から丁寧にお礼を言われ、実習生は、「じゃあね」と言いながらそれぞれ帰って行った。
わたしはジャンボさんの車に乗せてもらった。
ジャンボさんの夢
「小学校の先生をしばらく経験したら、実家の幼稚園を手伝うつもりだよ。それが今考えている将来の夢なんだ。キミは?」
ジャンボさんは車の運転をしながら、はっきりとした口調でそう話した。
「いろいろ考えているんですね。すごいです。将来のこと、深く考えたことないから・・・」
わたしはそう言って言葉を濁した。
「でも試験受かっているんでしょう? 来年の4月から県内で先生になるんだよね」
「はい・・・」
ジャンボさんは、これからわたしがどう過ごしていくつもりなのか、質問を重ねた。
わたしは本当に考えていないので、生返事を繰り返していた。
ジャンボさんが尋ねる、わたしが答える、一方通行の会話と沈黙。
車は渋滞している道を通り過ぎ、ようやく目的地のバス停に着いた。
雨は止んでいた。
ジャンボさんからの告白
ジャンボさんはバス停を通り過ぎた所で車を止め、わたしに言った。
「こんなときに、ごめん。・・・好きです!」
「えっ!?」
「あ~、恥ずかしい。本当にごめんね。うーん、これからも今日みたいに付き合ってほしいんだ」
ジャンボさんの突然の告白を聞いたわたしは、自分も恥ずかしくなり、一度下を向いた後、横にいるジャンボさんをちらっと見上げた。
「返事、今すぐじゃなくていいから。明日、いや、あさって・・・、うーん、いつか電話してもいいですか?」
ジャンボさんは、車のフロントガラスの方を見ながら、丁寧な言葉でそう言った。
急な展開に、わたしは何と答えていいかわからず、黙って座っていた。
幸せになってください?
重い時間が過ぎていく。
しばらくして、わたしは耐え切れなくなり窓の外を見た。
そのとき、左側にある歩道の前方から、車の中にいるわたしに向かって手を振りながら近づいて来るエプロン姿の女性が見えた。
わたしは手を振っている女性が誰かわかったとき、その女性に後押しされるように、ジャンボさんの方を見て言った。
「すみません。電話はだめです。幸せになってください」
わたしはそう言って車から降りると、「すみません、今日はありがとうございました」と言いながら頭を下げた。
そして車のドアを閉め、ジャンボさんを見た。
ジャンボさんは、そんなわたしに向かって、手を上げ、後ろの方を確認し車を出発させた。
「幸せになってください」。
わたしが咄嗟に発した意味不明の言葉。
でも、この言葉がジャンボさんへの自分の気持ちを一番表現しているように思えた。
わたしのこの気持ち、ジャンボさんにもきっと伝わったことだろう。
いらっしゃい状態
ジャンボさんの車が上り坂のカーブを曲がって見えなくなったとき、エプロン姿の女性がわたしに声をかけた。
「今日は、食べに来てないよ。寝てるんじゃない?」
エプロン姿の女性は、「“ねえねえ”からね」が口癖の例の食堂の人で、彼が今日はお店に来ていないことを教えてくれた。
わたしは「ちょっと見てきます」と言って、彼のアパートへ向かった。
アパートの入口で彼のバイクを見つけたわたしは、彼の部屋のドアをノックした。
返事はなかったが、わたしはドアノブを回し、ドアを開け、中をのぞいた。
あの日、「キミは、彼女じゃない。キミと、付き合っていない」と言った彼だったが、そのことを聞いたみっちゃんの怒りを買い、「いらっしゃい状態」(カギがあいているときは、わたしはいつでも彼の部屋に入ってもいい)という約束をさせられていた。
そうは言っても、彼がいないときに部屋に入ったことはなかったが・・・。
「誘惑」に反応
彼はドアの方へ頭を向け、玄関とつながっている畳の部屋で、毛布をかぶって眠っていた。
今夜は病院の仕事があるはずだ。
わたしは玄関の上り口に腰掛け、畳の上に左手をついて体を支えた。
そして、眠っている彼の耳に右手を当てて「もしも~し」と言った。
反応がなかったので、「起きないと、誘惑されちゃうぞ~」と続けて言った。
彼が急に寝返りを打ち、こちらを向いたので驚いたが、「誘惑」という言葉に反応したのが楽しかった。
寝返りを打ったときに毛布が作った風から、一瞬、ベビーパウダーのような甘い香りがした。
まつげに騙される?
「このまつ毛に騙されちゃうんだよねえ」と、わたしは彼の閉じている目を見ながら思った。
彼が目をパチパチさせるたびに、その動きに少し遅れるように長いまつ毛が動く。
わたしは、つい彼を見つめてしまう。
そんなとき、必ずといっていいほど彼の優しさを感じてしまう。
そして、好意を持ってしまう。
「好きって言われたんだぞ~」
わたしは、今度は、彼の片方のまつ毛を指ではさんだ。
自分でも驚くほど、今日のわたしは大胆になっていた。
そして、真下を向いているまつ毛を少しずつ持ち上げ、「かわいい子が来ているぞ~」と彼に呼びかけた。
それでも起きる気配がないので、今度はもう一方のまつ毛も少しずつ持ち上げながら、「好きって言われたんだぞ~。キミが一度も言ったことがない・・・」とここまでわたしが言ったとき、彼がゆっくりと目を開けた。
わたしは何事もなかったかのように、すばやく彼のまつ毛から指を離した。
彼はわたしの方をじっと見た。
そばにいるのがわたしだとわかった彼は、天井の方を見つめながら、思い出したように言った。
とんちんかんな会話
「初詣って、今日だったっけ?」
彼は、急にとんちんかんなことを言い出した。
「まだ、今年だよ。おばちゃん、心配していたよ。食べに行く時間ある?」
「そうか、大晦日かあ。そば食べる?」
会話になっていない二人の会話。
クリスマス・イブに食べたおそば。
写真はなくても、二人の記憶から絶対になくなってほしくない、そんな思い出。
次回は初詣の話から。
次回で「青春」は最終回。
※ この物語は、フィクションです。
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