星のきれいな島で【6】青春“写真”編 (ボクとボクらの話)

前回の話は

「今日」はどんな日に?

彼が昨日言った、「明日、昼、図書館」、その「明日」になった。

彼は、わたしのことを「彼女じゃない」と言い、わたしたちは「付き合っていない」と言ったという。

そんな彼が、「今日」、わたしに何を言いたいのかわからない。

「おとなしくて、退屈たいくつな子」、高校生の頃、1度だけ一緒に映画を見に行った男の子が、わたしのことをそんなふうに話していたという噂がわたしの耳にも届いた。

噂話だから・・・と思ったが、「退屈」という言葉には、さすがに傷ついた。

まさか、「今日」がそんな日になることはないと思うが・・・。

昨日と逆の「ごめん」「何が?」

昼、やがて12時になろうとするとき、わたしは、いつものように図書館の「学習室Ⅱ」で彼を待つことにした。

この学習室は、約1m四方の正方形のテーブルに、椅子が向い合わせに2つ置いてあり、そのテーブルが十数台並んでいる部屋だった。

テーブルとテーブルの間は簡単な衝立ついたてで仕切ってあるだけで、小さな声なら、図書館の人から注意されることもなく、話をすることもできた。

外に出て行こうとする学生とすれ違いながら、わたしは学習室の真ん中にある通路を通り、奥のほうのテーブルに向かった。

わたしが椅子に座ると同時に、部屋の入口の扉が開き、彼がやってきた。

彼は、わたしを見つけると、わたしと向かい合わせの椅子に座り、すぐに「ごめん」と言った。

わたしは、「何が?」と言った。

昨日とセリフが逆になった。

冷やかされた彼

彼は、「留学生のお別れ会」が終わった後のことを話し始めた。

後輩から「ゲームセンターに行こう」と誘われ、それを断ったことから、後輩との言い合いが始まったらしい。

後輩から、「かわいい彼女ができてから、一緒に遊んでくれなくなった」と言われ、「自分たちより彼女との付き合いの方が大事ですもんね」とか、はては、「お誘いがあれば、いつでもどこでも駆けつけますというあの頃の先輩はどこへ行ったのだろう」など、冷やかし半分の言葉も浴びせられたそうだ。

「自分のことだけなら、笑ってすませるつもりだったけど、そのあと、つい言葉が荒くなってしまって・・・」と彼は言った。

やっぱり事実だった

わたしは、「かわいい」と言われて、悪い気はしなかったが、そんなことより今日一番聞きたかったことを尋ねた。

 

「そのあと、何て言ったの?」

 

彼は、「その後、つい荒くなったという言葉」を、わたしがやっと聞き取れるような小さな声でこう言った。

「彼女じゃない、付き合っていない、そんなんじゃない・・・」

 

彼が、「彼女じゃない」、「付き合っていない」と言ったのは、やっぱり事実だった。

わたしは、真っ直ぐに彼の方を見つめた。

彼も顔を上げ、わたしの方を向いた。

彼がまばたきをするたびに、彼の前髪が少し動いた。

わたしは、何か言おうと息を吸い込んだが、その息は、「ハァー」というため息とともに吐き出された。

写真の中の女の子

彼は、シャツの胸ポケットから一枚の写真を出し、テーブルの上に置いた。

白黒写真だった。

「見せたくなかったけど、この写真しかなかった」

わたしは、「だったら、見せなければいいのに」と思ったが、写真に写っている女の子の方へ目が行った。

写真には、メガネをかけた、瞳の大きな女の子が写っていた。

その子は、隣の男の子の手首を右手で持ち上げながら、左手で当時流行していたピースサインをしていた。

手首を持ち上げられ、仕方しかたなさそうに左手でピースサインをしている男の子は、明らかに彼だった。

「中学生の頃、原因のわからない頭痛で入院していて、修学旅行があって、この子がこの子のお母さんと一緒に、修学旅行のおみやげでお守りを持ってお見舞いに来てくれて、ピースサインというやつを教えてもらって、そのときの写真らしい」

彼は、写真の中の彼と同じように仕方なさそうな感じで、他人事たにんごとのように写真の説明をした。

「学校をやめよう」と思った

この子は、彼のお見舞いに行ったことで、同級生の男子から、「お前、あいつのことが好きなんだろう」と冷やかされたそうだ。

でも、この子はそんな男子に対して、言い返すことも何もせず、冷やかす男子を大きな瞳で見つめ返していたらしい。

反応がないと、冷やかしてもおもしろくなかったのだろう。

「冷やかし」のホコ先は、退院後もない彼の方へ向き、同級生の男子から「彼女ができてよかったなあ、いつから付き合っているんだ」と今度は彼が冷やかされることになった。

毎日続く「冷やかし」に、彼は、本気で「学校をやめよう」と思ったらしい。

しかし、この「冷やかし」は、この子が転校することが決まったとたん、パッタリと止まった。

記憶が飛ぶほどの苦痛

わたしは、「今も、この子のこと・・・」と言いかけてやめた。

彼は写真のはしをつまんで持ち上げ、「ううん。この子と何を話したか覚えていない。声も思い出せない。写真を撮った人のことも覚えていない。きっと記憶が飛んだんだと思う。それくらい冷やかされ続けて、本当に毎日が苦しかった。考えられない話でしょ? 自分の都合で記憶が飛ぶなんて。この子には本当に悪いことをしちゃった」と言った。

そして、「今、自分が生きているのって、このときのお守りのおかげかなと思うこともあって。好きとか、彼女とか、付き合ってるとか、そんなんじゃなくて、病気が治るといいなという願いとか素直な気持ちとか。そんな心の方が大切だと思うんだ」と付け加えた。

会っているとホッとするんだ

わたしは、何が何だかわからなくなってきた。

わたしたちの話の中に、急にこの子が入ってきて、でも、この子はすでに彼の記憶の中からいなくなっていて・・・。

 

頭の中が混乱し、黙って下を向いているわたしに向かって、彼がゆっくりと言った。

 

「キミは、彼女じゃない。キミと、付き合っていない。ただ、キミと会っていると、ホッとするんだ。だから、いつも、会いたいと思うし、本当に、会っている。それじゃ、だめ?」

 

わたしは、「そんな人のことを彼女といい、そんな関係を付き合っているというんだよ」と心の中で思いながら、下を向いたまま首を横に振り、「それで、いい」と言った。

 

そのとき、テーブルの上にわたしの涙が落ちた。

わたしは、「涙のバカ! 本当にタイミングが悪いんだから」と心の中でつぶやいた。

 

 

※ この物語は、フィクションです。

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