「いいぞ、4組」~ 跳び上がって喜んだ子どもたち【前編】(ボクとボクらの話)
春奈先生は、今年も小学校の臨時の先生をした。
これで、臨時の先生をするのも、通算すると4年になった。
任用期間は4月から1年間で、4年生の担任だった。
しかし今はもう3月、学年最後の月だ。
春奈先生は、子どもたちが作った「学級文集」を読み返していた。
そして、「1年間で1番印象に残った学級のできごと」の第1位になっていた「運動会の学級対抗団体種目」のことを思い出していた。
運動会3日前の「4年4組」
ずっと最下位だった
運動会で行われる学級対抗団体種目で、春奈先生の4年4組は、学年練習をするたびに、ことごとく最下位だった。
運動会を3日後に控えた今日の4時間目の体育の時間が、最後の学年体育の時間だったが、今日も見事に最下位だった。
4学級中、他の3学級は、ころころ順位が入れ替わっていたが、4組だけはずっと最下位だった。
さとみさんとじゅんやさんの存在
学級対抗団体種目では、毎回最下位の4組だったが、全校リレー(各学年各組の男女1人ずつが出場して行うリレー)の選手は違った。
2人とも、学年で1番速く走ることができる、さとみさんとじゅんやさんだった。
さとみさんは、全校リレーで3年生からバトンを受け取ると、必ず先頭の子に追いつくほどの走力を持っていた。
また、じゅんやさんは、さとみさんからバトンを受け取ると、しばらく競り合いを続けながら、最後の直線で1位になり5年生へバトンパスをした。
さとみさんやじゅんやさんの快走は、かけっこの苦手な子が多い4組の「希望」になっていた。
そして、2人ともそのことを敏感に感じ取り、4組の代表として走ることに「喜び」を感じていた。
「4組」を感じた貴重な体験
突然起こった名前コール
今週の月曜日、全校体育の時間に、全校リレーの最後の練習(3回目)が行われた。
いつもより、少し差をつけられてスタートしたさとみさんは、カーブで前の子を追い越そうとして足がからまり、つまずいて転んだ。
そのとき、自然と4組の子どもたちから、手拍子も交えた「さとみ、さとみ」のコールが起こり、その声が運動場に響いた。
さとみさんは、すぐに起き上がり、無事じゅんやさんにバトンを渡した。
じゅんやさんが走り始めると、4組の子どもたちの声は「じゅんや、じゅんや」に変わり、じゅんやさんは、その声に後押しされるように先頭の子を猛追した。
本番ではみんなの分まで
全校体育が終わった後、さとみさんは泣いていた。
春奈先生は、転んだのが悔しくて泣いているのだろうと思い、しばらく時間をあけてから、さとみさんに声をかけた。
さとみさんは、みんなの期待にこたえられなかったことを悔やんでいた。
「ふだんから、自分が走ると、お友だちが自分のことのように喜んでくれると話していました。また、今日は転んださとみが、クラスのお友だちから声援を受けながら走り切ったと聞き、その様子を想像して涙が出ました。本番ではみんなの分までがんばるそうです」
翌日届いた保護者からのお手紙にもあるように、さとみさんにとって、この日の全校リレーの体験は、「4組」を感じた貴重な体験だったようだ。
学級練習をすることにした「4組」
このままでいい?
最後の学年体育も終わり、4組では淡々と給食の準備が進んでいた。
春奈先生は、自分の机の上に積まれた子どもたちのノートに、赤ペンでコメントを書いていた。
そこへ、全校リレーの選手2人がやってきた。
「先生。先生は4組の団体種目がこのままでいいと思ってるんですか。わたしは・・・わたしは・・・悲しいです」
そう言ったのは、さとみさんだった。
2人は、先日行われた全校リレーの練習以来、ますます4組のことが好きになっていた。
その4組が団体種目で毎回最下位になり続けている。
それは、2人にとって、悔しさを通り越し、悲しくてたまらないことだった。
練習の音だったんだ
「先生、他の学級は練習しています」
さとみさんは、春奈先生に念押しをするように言った。
「ああ、それで音がするのかあ」
春奈先生は、同じ棟の2階にいる1組と2組、そして3階にいる隣の3組からときどき聞こえてくる笛の合図や歓声が、団体種目の練習の音だと気付かされた。
「体育館でもやっているそうです」
校内の端っこの棟のそのまた端っこにいるとわからないことも多い。
「もう、今日しかありません」
さとみさんの言う通り、明日は運動会の準備の日だから、体育館で練習するのなら今日が最後のチャンスかもしれない。
4組はうまい?
「しかし、急に練習して、どうにかなるものだろうか」、春奈先生はそう思ったが、じゅんやさんはしっかりと観察していた。
「先生、4組はうまいんです。リズム感もバッチリです」
春奈先生は、そんな風に4組の団体種目を見たことがなかった。
学年でとりくんでいるマスゲームのようなダンスでは、振り付けの覚えも早く、他の学級のお手本になっていた。
ダンスが好きで、昼休みも、ダンスの音楽を流しては「キャッキャッ」っと笑いながら、ダンスの練習をしている子どもたち。
それを見ていると、こちらまで楽しい気分になった。
じゅんやさんの話を聞きながら、春奈先生は、いつもリズミカルにダンスを踊っている子どもたちのことを思い出していた。
みんなでみんなを応援したい
「みんなに相談してみるね」
春奈先生はそう言って、給食の時間が終わりかけた頃、子どもたちに時間割の変更について話した。
具体的には、今日の6時間目の「読書の時間」(週1回の図書室での読書の時間)を「団体種目の練習」に変えるという提案だった。
春奈先生が話した後、いつもは控えめなさとみさんが、立ち上がって言った。
「わたしが全校リレー(全体練習でのこと)で転んだとき、みんなが応援してくれたのがうれしかったです。団体種目も、みんなで、みんなを応援する練習がしたいです」
みんなで一度がんばって
いつもはひょうきんなじゅんやさんが、まじめな顔をして立ち上がって言った。
「みんなで、一度がんばってみたいです。みなさんどうですか」
文字にすると意味が分かりづらい発言だが、それでも2人の気持ちは、子どもたちには十分通じた。
2人の発言を聞いていた子どもたちは、その気持ちに大きな拍手でこたえた。
本が好きな春奈先生は、読書を楽しみにしている子どもたちのことが頭に浮かび、「今日の6時間目に、借りている本を返そうと思っていた人は、給食が終わったら先生と一緒に図書室に返しに行こうね」と付け加えた。
間近で見て知った「4組」
猛スピードで中間地点へ
4組の6時間目の読書の時間は、学級対抗団体種目の練習の時間に変わった。
その日の6時間目の体育館は幸いにも空いていて、4組の貸切状態だった。
団体種目のメインは横並びの5人6脚で、そのまま中間地点(10m地点)まで進むことだった。
走力よりもチームワークということで考案された団体種目だった。
まず、5人6脚の練習だけをした。
5人6脚は、短く切った自転車のチューブで作られた輪っかを4本使う。
子どもたちは、その輪っかを、それぞれが隣どうしの足先に通すだけで競技を始めることができた。
隣どうし、体を密着させ、声を掛け合いながら進む4組の子どもたち。
じゅんやさんが言う通り、本当にうまい。
ただ、うま過ぎて、猛スピードで中間地点(10m地点)に達していた。
そのため、中間地点のライン(足の輪っかを外していいライン)を過ぎたのに、勢い余って2、3m多く進んだり、ラインを過ぎて急に立ち止まり、全員がバタッと倒れたりしていた。
うますぎて、ぎくしゃく
アンカーチームの5人6脚が終わり、並んで座っている子どもたちの前に春奈先生は立った。
そして、「先生は、みんながとってもうまいのにびっくりしています」と1回目の練習の感想を言った。
それは、本音だった。
初めて、子どもたちの息遣いが聞こえるような間近で子どもたちの様子を見た。
4組の子どもたちの5人6脚が、ぎくしゃくしているように見えたのは、「うま過ぎる」からだった。
春奈先生は、止まるのが上手だったれいこさんたちのチームに、「れいこさん。れいこさんたちのチームは、すごいスピードで進んで、ピタッと止まるよね。どんな工夫をしているの?」と尋ねた。
れいこさんたちのチームの掛け声
れいこさんは、掛け声を考えたと言った。
前のチームから受け取った足の輪っかをつけて立ち上がったら、最初は、「せえのっ、イチニ、イチニ」とスタートし、だんだんスピードを上げていき、ラインが見えてきたら、「イーチー」と声を伸ばし、その後「イチニッサン」という掛け声でラインを越えて止まるのだと言った。
子どもたちは、「お~っ」とうなり声をあげ、その工夫のすばらしさに反応した。
そして、その話を聞いただけで、うまく止まれるような気になった。
体育館のあちこちで、2人組、3人組、そして5人組で列を作り、れいこさんたちのチームの掛け声をまねしながら止まる練習が始まった。
速くなると怖い
みんなが練習を始めると、れいこさんが春奈先生に言った。
「先生、ひろみさんがこの種目は怖いっていうから、ひろみさんはチームの列の一番端にいます」
れいこさんのチームは、とにかく速い。
前に倒れることへの恐怖感があっても不思議ではなかった。
ひろみさんは、列の端っこに場所をかえてもらってから、安心して参加できた。
倒れそうになったら、いつでも空いている片方の手を使って、自分の体を支えることができるようになったからだ。
また、れいこさん自身も、列の真ん中で隣どうしで肩を組んでいると、倒れそうになったときに怖かったそうだ。
だから、列が崩れ、膝から落ちても痛くないように、隣どうし肩を組むのを止めて、隣の子の腰のあたりに手を置き、倒れそうになったらいつでも手が出せるように工夫していると言った。
並び方や手の位置を工夫して
春奈先生は、再び集まったみんなの前で、
「みんなが練習して速くなるのはいいんだけど、速くなると倒れた時に怖いよね。でも、こんな工夫をしているチームがあったので紹介します」
と言って、れいこさんに「チーム内での並び方」や「体の密着の仕方」について説明してもらった。
説明を聞いたみんなは、並び方をかえたり、リズムが合わなくなったときの再出発の仕方を考えたりしながら、それぞれのチームの課題を克服するための練習を続けた。
4組最後の総練習
1回目とは段違いの速さに
6時間目の残り時間も少なくなり、最後の「総練習」が始まった。
足に輪っかをつけた先頭のチームが立ち上がり、折り返し地点にいる春奈先生の「よーい、ドン」の合図で、スタートした。
「せえの」の掛け声で、足を上げてから一歩目を踏み出す、通称「かまきりダッシュ」も考案されたようで、各チームとも、1回目とは段違いの速さだった。
そして、ラインを越えてピタッと止まり、すぐに足につけている輪っかを外した。
子どもたちは、その後のフラフープの集団輪くぐり(通称「イリュージョン」)も無事にこなし、みんなが並んでいる周りをぐるっと回って次のチームの子へ輪っかをパスした。
急に注目されて
春奈先生は、子どもたちのチームワークのよさと、そのいっしょうけんめいな姿に感動した。
そして、自分が「泣き虫春奈」に変わっていくのがわかり、涙がこぼれそうになった。
しかし、次の声で我に返った。
「も~う、早く!早く!」
アンカーチームの子どもたちが、他の子どもたちから急かされていた。
輪っかを受け取った後、足につけ終わるまでに相当時間がかかり、ようやくアンカーチームはスタートした。
学年練習のときは、いつも最下位で引き継いでいたので、目立たない存在だったアンカーチームも、学級のレベルが上がると急に注目され始めた。
心配していたことが・・・
アンカーチームがゴールした後、
「もっと、早くできないの!」
という厳しい声が飛んだ。
「うるさい!」
みんなを笑わせるのが大好きなアンカーチームのしんいちさんが、珍しく怒り、大声を出した。
春奈先生にとって、一番心配していたことが起こった。
それは、お互いを高め合うための練習が、その目的とは違う方向へむかうことだった。
この物語はフィクションです。
※ 後編は、下記リンクをご覧ください。