「いいぞ、4組」~ 跳び上がって喜んだ子どもたち【後編】(ボクとボクらの話)
運動会の学級対抗団体種目の練習で最下位ばかりだった4年4組。
その4組が、学級だけで練習にとりくんだ。
工夫しながら、どんどんうまくなっていく子どもたち。
それを見て、涙が出そうになった春奈先生。
しかし、最後の「総練習」のとき、子どもたちの中から、「うるさい!」という大きな声が聞こえた。
※ 前編は、下記リンクをご覧ください。
思わぬ難敵?がいた
先生が泣いている
折り返し地点にいた春奈先生は、すぐに子どもたちの所へ行こうとした。
そのときだ。
春奈先生は、一歩目で思いっきり足首をひねった。
足首に激痛が走ったが、春奈先生は、子どもたちのもとへ急いだ。
自分たちの方に近づいてくる春奈先生を見ていたある子が叫んだ。
「先生が泣いている!」
誤解なんだけどなあ
足首をひねった激痛で、思わず目を閉じた春奈先生の目から、さっきの「感動の涙」がぽろっとこぼれ落ちてしまった。
先生の悲しそうな顔と涙で、子どもたちは静かになった。
「ちょっと待って、この涙は・・・」、春奈先生はそう言おうとしたが、子どもたちから、
「先生を泣かしちゃだめだよ」
「仲よくやろうよ」
という声が聞かれ、「もっと落ち着こう」という雰囲気になった。
さっき、大きな声を出したしんいちさんも、春奈先生の涙を見たせいか、少し冷静になっていた。
なるほど、そういう理由で
手に持っていたタオルで、涙?をふいた春奈先生は、しんいちさんに尋ねた。
チームリーダーのような存在だったしんいちさんは、「みんなの靴が大き過ぎて、輪っかがなかなか入らない」とチームの実情を話した。
4組のチーム順は、学年で行った最初の練習のときに決めた「仮の順番(背の順に決めた)」のままだった。
だから、背の高い子どもたち(靴の大きな子どもたち)がアンカーだった。
靴の大きさという難敵に、アンカーチームの子どもたちは手こずっていたのだ。
体育館シューズでもこれだけ苦労するのだから、本番の外履き靴ではもっと苦労することが予想された。
特大ホームラン飛び出す
順番を1番にしたら
「先生、1番にしたらどうですか?」
アンカーチームの様子を見ていた、ひなたさんが言った。
春奈先生は意味が分からなかった。
ひなたさんは続けた。
「しんいちさんたちのチームが1番でスタートすれば、ゆっくり輪っかをつけられます」
「だって、1番だったら、足に輪っかをつけてから、ヨーイドンです」
春奈先生にもその意味が分かった。
特大ホームラン級のアイデアがこの場面で飛び出した。
他の子どもたちから「ほーっ」という感嘆の声が漏れた。
スタート順のいれかえ
ひなたさんは、学校から帰るとき、他の学級の子どもたちと団体種目のことを話すことがあった。
そのとき、他の学級が「先行逃げ切り」のチーム順にしていたり、「後半勝負」のチーム順にしていたり、それぞれチーム順を工夫していることを知らされていた。
練習時間もほとんどなくなり、春奈先生は、ひなたさんのアイデアにかけてみたいと思った。
春奈先生は、子どもたちに言った。
「今までアンカーチームだった人たちが、スタートチームになってはどうでしょう。あとは、そのまま1つずつ後ろへチームをずらします。アンカーチームの1つ前のチームが本番ではアンカーということになります。みなさんどうですか」
下を向いたアンカーチーム
急にアンカーチームに指名された子どもたちはすぐに了解した。
「アンカーの目印であるタスキをかけることができる」という、競技とは関係ない何とも4組らしい理由だった。
「わたし、タスキをするのが夢だった」という声も聞こえた。
問題は、急にスタートチームに指名された子どもたちだ。
今まで、最下位で輪っかをもらい、のんびりとスタートしていたチームへ、突然舞い降りた春奈先生の提案。
みんな自信なさそうに、下を向いている。
大きくて速いよね
ひなたさんが、軽い調子で言った。
「靴のこと、考えなくていいんだよ。それに、あんたたち、一歩一歩が大きくて1番速いよね」
そう、スタートチームなら、急かされることもなく、ゆっくり足に輪っかをつけて立ち上がり、それからスタートすることができる。
靴の大きさも関係ない。
そして、ひなたさんの言う通り、しんいちさんたちのチームは、一旦スタートすると4組で1番速いチームだ。
顔を見合わせ、相談していた「さっきまでアンカーチーム」の意見がまとまったようだ。
お得意のものまねで
しんいちさんが学級の子どもたちにむかって、「みんな立って。ボクのまねをして」と呼びかけた。
「まね」と聞いて、子どもたちはピンときた。
しんいちさんお得意のものまね、「サッカーワールドカップ優勝チームのものまねが出る」。
みんなはゆっくりと立ち上がり、しんいちさんの方を見た。
学級のみんなが立ち上がるのを見て、しんいちさんは、膝を曲げ、腰を落としながら「ボクたちのチームが~」と言った。
その言葉を聞き、みんなも「どうしましたか~?」と言いながら少しずつ腰を落とした。
チーム順、決まる
「ボクたちのチームが~」と言ったしんいちさんは、少し間をあけた後、大きな声で「1番!」と言って両手を振り上げて跳び上がった。
学級のみんなも、「ヤーッ」と歓声をあげながら、思いっきり両手を伸ばして跳び上がった。
ものまねで宣言された「ボクたちのチームが1番!」。
しんいちさんたちのチームがスタートチームになることを了解した。
これで、運動会当日の4組のチーム順が決まった。
密度の濃い1時間だった
6時間目の終わりのチャイムが鳴り、最後の「総練習」はチーム順を決めたところで終わった。
その日、さよならのあいさつをした後、「スタートチーム」から「2番スタートのチーム」にかわった子どもたちが、教室の後ろに並んで体育座りをしていた。
「列の右側の人が、左側の人の足に輪っかを入れようね」というひなたさんの声が聞こえた。
春奈先生には、意味がよくわからなかったが、チームでの約束事が決まったようだ。
この子たちは、輪っかを受け取ってスタートする「初めての体験」が「楽しみだ」と言った。
何でも楽しみに変えてしまう4組の子どもたちがうらやましい。
春奈先生は、中途半端に終わったが、「学級練習をしてよかった」と思った。
春奈先生にとっても、子どもたちにとっても、お互いを認め合う貴重な体験ができた。
密度の濃い1時間だった。
「本番では、ひょっとしたら3位になるかもしれない。苦労して手に入れた価値ある3位。子どもたちは喜ぶだろうなあ」。
春奈先生は、今日の練習に少し手ごたえを感じていた。
「団体種目」の前の4組
今日はしっかり見ているから
日曜日になり、運動会当日を迎えた。
欠席もなく、みんなが揃っていることに春奈先生はまず安心した。
4年4組は「青組」だったので、子どもたちは白い帽子に青いハチマキをつけていた。
春奈先生は、「今日はみんなのことをしっかり見ているからね。がんばれ青組」と言って、子どもたちを教室から送り出した。
4年生のプログラム順は、午前の部に「かけっこ」と「団体種目」、午後の部に「ダンス」と「学年リレー」となっていた。
そして、全体のプログラムの最後は全校リレーだった。
いつもながらのかけっこ
決勝審判係だった春奈先生は、全学年のかけっことリレーの着順判定を任されていた。
春奈先生は、4年生のかけっこの決勝審判をしたが、青組(4組)は下位でゴールする子が多かった。
しかし、「いっしょうけんめいさが伝わる走り」を見せ、走り終わった後は、「やりきった」という顔を見せていた。
「団体種目では、価値ある3位が大目標。がんばれ4組」。
春奈先生の気持ちは、すでに団体種目の方に向いていた。
「団体種目」の中の4組
なんだ?「がんばるぞ」って
午前の部のプログラムも終わりに近づき、4年生の学級対抗団体種目の時間になった。
スタートラインまで駆け足で入場してきた子どもたちは、4年1組の先生(4年1組の先生は、4年生の団体種目の担当として、正面放送席前からワイヤレスマイクで指示する係でした)の、1回目の笛の合図で駆け足を止め、2回目の笛の合図でその場に座った。
そのとき、青組(4組)だけは、誰かが「がんばるぞ」と叫び、みんなで「ヤーッ」と言って座った。
「あんなこと、いつ練習したんだろう」と春奈先生は思った。
出たっ!かまきりダッシュ
団体種目と全校リレーの決勝審判は、もう1人の先生が担当していた。
おかげで、春奈先生は、正面にある決勝審判のテント(待機場所)から、フィールドの一番近くに並んでいる子どもたちの団体種目を見ることができた。
出発合図の先生の「よーい」の声がかかり、足に輪っかをつけ終わった各学級のスタートチームが立ち上がった。
青組(4組)だけは、「かまきりダッシュ」のポーズで待った。
ピストルの音で、各学級が一斉にスタートした後、春奈先生はびっくりした。
青組(4組)がぐいぐいスピードを上げ、あっという間に1位で中間地点のラインを越え、すぐに足の輪っかを外した。
その後の集団輪くぐり(通称「イリュージョン」)も見事な連携でこなし、圧倒的な1位で次のチームに輪っかを渡した。
いいぞ、4組、みんなでがんばります
春奈先生には、もう1つびっくりしたことがあった。
列を作り、自分たちの出番を座って待っている子どもたちが、一斉に声を出し始めたことだ。
「いいぞ」、チャチャチャ(手拍子)、「4組」、チャチャチャ(手拍子)
「み・ん・な~で」「がん・ばり・ます!」「ヤァ」
さとみさんが言っていた、「みんなでみんなを応援したい」。
それが、本番で実現していた。
青組(4組)は、各チームが出発すると同時に、声を揃えてさっきの「いいぞ」の応援を2回繰り返し、その後は各自が声援を送った。
自分たちのペースでそのままゴール
他の組に大きく差をつけ、タスキをかけた青組(4組)のアンカーチームがスタートした。
子どもたちは、「いいぞ」の応援を、アンカーチームに送り続けた。
そして、アンカーチームが青組の列の一番後ろに座ったとき(これがゴールしたときの合図)、「パーン」とピストルの音がして、青組(4組)の1位が確定した。
学年体育で交互に優勝を分け合っていた他の3学級のことは全く気にせず、マイペースで競技を続けての1位だった。
「4年生のお決まり」を守って
最後の学級がゴールするまで、4組の子どもたちは静かに待っていた。
学年練習のとき、自分たちがゴールするのを、他の学級の子どもたちが静かに待ってくれていたように。
全学級がゴールするまで静かに待つ、そして、着順発表のときに優勝チームが声を上げて喜ぶ、というのが、いつのまにか「4年生のお決まり」になっていた。
声を出さず、笑顔でうなずき合っている4組の子どもたち。
春奈先生は、最下位しか経験したことのない4組らしい待ち方だなあと思い、またまた「泣き虫春奈」に変わりつつある自分に気づいた。
待ちに待ったアナウンス
笛の合図で4年生全員が立ち上がり、結果発表のアナウンスを待った。
「ただいまの競技の結果をお知らせします」
4位から順に発表があり(いつもなら4位の段階ですでに名前が呼ばれている)、いよいよ待ちに待ったアナウンスが聞こえてきた。
「優勝、青組(4組)!」
青組の応援席から歓声が上がった。
でも、一番喜んだのは、やはり4組の子どもたちだった。
みんなで跳び上がった
退場の音楽が鳴り始め、4年生全員が「その場駆け足」を始めた時、小優勝旗を持った6年生が、4組の先頭にいたしんいちさんに小優勝旗を渡した。
旗をもらったしんいちさんは「その場駆け足」をしながら、くるりと回って4組のみんなの方を向き、みんなの顔を見回した。
みんなは、「分かっているよ」という笑顔を返した。
しんいちさんは、一度下におろした旗を、少し間をあけてから勢いよく高く掲げた。
みんなは、旗が高く掲げられると同時に、「ヤーッ」と歓声をあげながら、思いっきり両手を伸ばして跳び上がった。
それはまるで、あのときの「ボクたちのチームが1番」を見ているようだった。
春奈先生は、「よかったね、本当によかったね」と声に出して言い、涙をこぼした。
4年1組の先生は、「4組の喜び」が終わるのを見計らって、4年生全体が退場門へ進むよう笛で合図してくれた。
そして、テントの中で泣いている春奈先生に向かって、「4組、かっこよかったよ」と声をかけ、自分の持ち場である入場門へ向かった。
「団体種目」が終わって
お手紙をもらう
運動会の翌々日の火曜日、保護者の方々から、たくさんお手紙をいただいた。
「運動会の日の昼ごはんを食べているときから、家に帰って寝るまで、団体種目のことばかり話していました。運動会になると、おなかが痛いと言っていた子が、こんなに成長したのかと思うととてもうれしくなりました。ありがとうございました。追伸:4組のダンス、とてもきれいでしたね。先生、おつかれさまでした」
団体種目で優勝したことが、子どもたちは、本当にうれしかったようだ。
「いつもビリなんだ、と言っていたので、うちの子が何かやらかすんじゃないかと心配して見ていました。とんでもない。子どもたちのがんばりや応援、そしてテントの中で先生が泣いていらっしゃる姿を見て、わたしたち4組保護者軍団も泣きました」
こんなお手紙もいただき、お手紙を読みながら春奈先生も再び泣いた。
また、音楽専科の先生に頼み込んで、元気が出る応援の仕方を教えてもらったこと、それを金曜日の音楽の時間に実際に練習させてもらったこと、「応援ならダントツで4組の優勝だよ」とほめられて自信をつけたことなど、春奈先生が知らないこともお手紙にたくさん書いてあった。
団体種目のいいところ、大変なところ
「学級文集」を読み返しながら、春奈先生は、自分の高校時代のことを思い出していた。
1年生のときから、ソフトボール部のエースとしてがんばった高校時代。
他の運動は苦手だったが、ソフトボールとは不思議と相性がよかった。
優勝候補のチームに完封勝ちしたり、絶対勝てると思っていたチームに粘り負けしたりと、いろいろな試合を体験した。
顧問の先生の方針で、試合後は、みんなでとことん話し合った。
そして、ソフトボールを通じ、団体種目のいいところも、大変なところも知った。
すてきなあの日の記憶に
あの日、子どもたちは、団体種目の練習や本番を通じ、工夫することや変わることのおもしろさや不思議さを体験した。
最下位になる悔しさや優勝の喜びも味わった。
「団体種目っておもしろいな」、「応援って力になるな」と子どもたちは感じてくれただろうか。
あの日のできごとが、「すてきなできごと」として子どもたちの記憶に残ってくれるといいな、と春奈先生は思った。
この物語は、フィクションです。
※ 春奈先生の物語は下記リンクにもあります。