映画「あやしい彼女」/ 俳優・多部未華子さんの歌 ~「悲しくてやりきれない」とモノクロの思い出
今頃ですか?
2019年8月、アニメーション映画「この世界の片隅に」(監督:片渕須直さん、原作:こうの史代さん、2016年)をテレビで見た感想を少しだけ書いた。
そのとき、この映画の映画音楽を担当し、オープニングテーマ曲「悲しくてやりきれない」を歌っているコトリンゴさんを知ったことや、「コトリンゴ この世界の片隅に」で検索してから動画サイトを見ていることも書いた。
「今頃ですか?」という声が聞こえてきそうだが、流行とか旬とかとは無縁の生活を送っているので仕方がない。
ただ、わたしとしては、「自分の心の中に入ってきたもの(偶然の出会いも含めて)を受け止める感性だけは持ち続けていたい」と思っている。
動画を見ていて
動画サイトで、「悲しくてやりきれない」の動画を見ようとしたとき、俳優の多部未華子さんが歌っている動画が気になった。
「悲しくてやりきれない」は、1968年にザ・フォーク・クルセダースが発表した曲だが、どうしてそれを多部さんが歌っているのか、どうして多部さんはこの髪型なのかという疑問がわいた。
調べてみると、映画「あやしい彼女」(監督:水田伸生さん・2016年、2014年の韓国映画「怪しい彼女」のリメイク版映画)の劇中歌として、多部さんが歌っているものだった。
韓国映画「怪しい彼女」は、アジア各国でリメイク版が製作されている大人気映画だそうだ。
今度は「今頃、気づいたのですか?」という声が聞こえてきそうだが、答えは「その通りです」。
理由がわかる
わたしは、レンタルショップへ行き、映画「あやしい彼女」のDVDを借りた。
「奇想天外で、おもしろい映画」― ありきたりな感想だが、映画を見た後、そんな感想をもった。
そして、多部未華子さんの歌、髪型の理由がわかると同時に、多部さんの歌唱力、表現力のすばらしさが心に残った。
涙がほろりという場面
映画を見ていて、涙がほろりという場面があった。
赤ちゃんをだっこしたお母さんと、お母さんに叱られた子どもに主人公が声をかける場面だ。
赤ちゃんをだっこしたお母さんには、「(赤ちゃんを見た後)まだ3か月くらいか? 今が一番大変な時、夜も寝かしちゃくれないんだろ。そりゃ、イライラもする」と言った。
また、わがままを言い、お母さんから叱られて泣いている子どもには、「ぼくもよくがんばったねえ。大きな声でよく泣いた。急にお兄ちゃんになったんだもん。お兄ちゃんになるのも大変だよねえ」と言った。
その後の「お母さんもぼくも、二人ともよくがんばったねえ。二人ともえらいねえ」という主人公の励ましの言葉に、今度はお母さんの方が感極まって大きな声で泣き出してしまう。
映画の中の家族が、自分の家族(自分が子ども時代の母と兄)と重なり、思わず涙がほろり。
父が病気だったため、朝から晩まで働きづめだった母のこと、たくさんのことを我慢させられていた兄のことを思い出した。
印象に残った歌
真っ赤な太陽
この曲は、美空ひばりさんが歌い、ミリオンセラーを記録した曲(作詞:吉岡治さん、作曲:原信夫さん、1967年)。
この曲が流行していた当時、美空ひばりさんが歌っている姿をテレビで見たことがある。
グループ・サウンズ(GS)の人気グループ「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」をバックに、ノリノリで歌っていた。
わたしには、美空ひばりさんと言えば「歌謡曲の歌手」というイメージがあったが、そのイメージを一新するようなポップな曲と装いだった。
映画の中では、多部未華子さんもロック調にアレンジされたこの曲を、バンドとともに現代風のノリで豪快に歌い飛ばす。
多部さんの歌を聞きながら、知らない人は彼女の持ち歌だと勘違いするだろうなあと思った。
見上げてごらん夜の星を
この曲は、坂本九さんが歌った曲(作詞:永六輔さん、作曲:いずみたくさん、1963年)。
わたしは、坂本九さんがこの曲を歌っていた頃のことは覚えていない。
だが、アイドルグループだったフォーリーブス(1960年代後半から1970年代にかけて活躍)がカバーし(1973年)、テレビの歌番組で歌ったのは見たことがある。
その歌番組には確か坂本九さんも出演していて、フォーリーブスの歌を懐かしそうに満面の笑みをうかべながら聞いていたのを思い出す。
映画では、多部未華子さんが透き通ったきれいな声でこの曲を歌う。
願い事をするように、指を組んだ両手を胸にあてながら・・・。
「手をつなごうボクと」と歌いながら、聞いている人と握手をするように右手を広げて差し出し・・・。
「おいかけよう夢を」と歌いながら今度は左手を・・・。
このような「しぐさ」ときれいな歌声にすっかり魅せられてしまい、「この歌って、本当にいい歌だなあ」とつくづく思った。
悲しくてやりきれない
この曲は、ザ・フォーク・クルセダースが歌った曲(作詞:サトウハチローさん、作曲:加藤和彦さん、1968年)。
他の曲と同じように、多くの人がカバーしている曲だ。
わたしには、彼らが歌っている姿を見た記憶は残っていない。
でも、歌だけなら、ラジオで何度か聞いたことがある。
あのギターのイントロと間奏のストリングスに聞き覚えがある。
1980年代に、カラオケに入っていたこの曲を歌ったことがある。
そのときわたしは、自分がメロディーを覚えていたことにびっくりした。
また、1番から2番、2番から3番と歌い進めるうちに、自分の気持ちがじわじわと高まっていく不思議な体験もした。
映画では、多部未華子さんがこの曲を情感たっぷりに歌う。
この曲の世界観を、「歌声と表情」で表現する。
俳優・多部未華子さんの「悲しくてやりきれない」がここにある。
歌の途中から、歌と一緒にモノクロの映像が映し出される。
主人公の過去の回想シーンだと思うが、自分が育ったモノクロの時代と重なり、とても印象的な映像だった。
答えは「まだ見つかりません」
一日の仕事が終わった後、わたしは、仕事場から駐車場まで歩く。
気が付くと、「悲しくてやりきれない」を口ずさみながら歩いていることがある。
暗くなった道の端っこを、この歌を歌いながら歩いていると、いろいろなことが思い出される。
その映像は、やっぱりモノクロだ。
「悲しくてやりきれない」を口ずさんでいると、映画の影響なのか、「自分は今、生き直した人生の“何回目”を生きているのだろう」と思うことがある。
「どうして?」と思うが、この答えは「まだ見つかりません」。
※アニメーション映画「この世界の片隅に」のことにふれている記事は、こちらをどうぞ。