空も泣いてくれた ~ わたしが先生でいいのです (ボクとボクらの話)

このお話は、臨時採用の経験をした先生の物語です。

修了式の後、先生は、子どもたちに支えられながら成長していた自分に気づきます。

3カ月間の担任を終えて

いつもより大きな声で

今日は小学校の「修了しゅうりょう」の日。

つまり、所属する学年では最後の登校の日。

4月になれば、みんな1つ上の学年に進級する。

 

体育館で行われた修了式の後、春奈はるな先生は教室に戻り、帰りの会をした。

帰りの会の最後には、明日から始まる春休みの過ごし方について話をし、

「それでは、帰りのあいさつをしまーす」

と子どもたちに呼びかけた。

 

涙が出そうになるのを我慢がまんしながら、春奈先生は、いつもより大きな声で「さようなら」と言った。

この子たちとも今日でお別れだ。

一生懸命だった自分

フーッとため息がれた。

1月から3月までの3カ月間だけだったが、 春奈先生は、出産前休暇に入る仁美ひとみ先生の代わりの先生として、4年3組の担任をした。

教員として過ごした初めての学校生活。

戸惑とまどうことも多かったが、とにかく一生懸命子どもたちと接した。

 

子ども同士がケンカをしたときは、すぐに家庭訪問もした。

親から、「前にも同じようなことがあったんですよ。先生はそのとき何をしていたんですか」と言われ、子どもの話をきちんと聞いていなかった自分のことを素直にびた。

「先生のつうちひょう」

「先生、はいどうぞ」

春奈先生は、教室の窓を開けた。

すると、水気みずけをたっぷり含んだモワッとした空気が教室に入ってきた。

そのとき、家に帰ったはずの子どもたちが何人か教室に戻ってきた。

 

「忘れ物でも取りに返ってきたのかな」、春奈先生は子どもたちの方を一度見ただけで、教室の前にある自分の机の方へ向かって歩き出した。

子どもたちはニコニコしながら春奈先生に近づき、「先生、はいどうぞ」と二つ折りにしてある画用紙を差し出した。

表紙には「先生のつうちひょう」と書かれていた。

実は、別れの手紙?

「つうちひょう」と書かれているが、中身は別れの手紙に違いない、と春奈先生は勝手に思い込んでいた。

ここで別れの手紙など読まされたら、バスタオルが必要なほど涙が出てしまう。

 

春奈先生は覚悟を決めた。

寂しい気持ちを子どもたちにさとられないように、わざと明るい調子で、「どれどれ、先生の成績は?」と言って「つうちひょう」を開いた。

給食の「評価」はよい

春奈先生は驚いた。

画用紙の中身は本当に「つうちひょう」だったのだ。

評価の項目は、教科ごとではなく、子どもたちが決めたものだった。

給食の評価は、「よい」だった。

「もっとたくさん食べると、『たいへんよい』になります」

あっちゃんが言った。

こぼれ落ちた大粒の涙

「くんちゃん」

「くんちゃん」という評価項目があった。

この子たちとよく遊んでいた国博くにひろさんのことだ。

 

少し耳の不自由なくんちゃん。

教室の一番前の席に座っていた。

国ちゃんが不安な顔をすると、すぐに隣の敦ちゃんが声をかけていた。

評価は、『たいへんよい』だった。

知ってるつもりだったのに

「先生はゆっくり話すから、国ちゃんは聞こえやすかったらしいよ」

「でも、ときどき、聞こえにくかったんだって」

 

国ちゃんの耳のことは知っていた。

だから、子どもたちに話しかけるときは、特にていねいに話していたつもりだった。

でもときどき、黒板の方を向き、字を書きながら説明することがあったらしい。

国ちゃんはそんなとき、春奈先生の声が聞き取りにくかったのだそうだ。

顔を思い出し、優しさにふれ

「国ちゃん、ごめんね」

春奈先生は思わずそうつぶやいた。

国ちゃんは、この3カ月間、新しい先生である春奈先生の口元に集中し、一生懸命話を聞いていたのだった。

 

4月になると、国ちゃんには、進級の喜びと同時に新しい苦労も始まる。

自分の顔を真剣に見つめていた国ちゃんの顔を思い出し、春奈先生の目は涙でいっぱいになった。

そして、この「つうちひょう」を書いた子どもたちの優しさに、とうとう大粒の涙をこぼした。

支えてくれていた子どもたち

本当にさようなら

「ほら、やっぱり泣いたよ」

「先生は泣き虫だから、しょうがないよ。本当はうれしいんだよ」

と子どもたちは口々に言い、「つうちひょう」のすべての項目の説明を終えると、

「先生、今度は本当にさようなら」

と言って、教室から出て行った。

理想の先生じゃない自分

春奈先生は、運動が苦手だった。

高い所に上るのがこわかった。

太めの体型も気になっていた。

子どもたちの理想の先生とは程遠ほどとおい先生、春奈先生は自分のことをそう思い、悩んでいた。

「わたしが先生でいいの?・・・」

文字から子どもたちの声が

でも、「つうちひょう」は違った。

子どもたちは、春奈先生がいだいていた様々な悩みをまるごと受け入れ、逆に励ましてくれていた。

春奈先生と同じくらい、子どもたちも春奈先生のことが好きだったのだ。

「つうちひょう」の文字から、子どもたちの声が聞こえた。

空も一緒に

春奈先生は再び涙をこぼした。

涙は次から次へとこぼれ落ちた。

春奈先生は、涙でぼんやりとかすむ目で、窓の外を見た。

すると、曇り空も我慢しきれなくなったのか、いつのまにか一緒に泣いてくれていた。

 

 

※この物語は、フィクションです。