星のきれいな島で【3】青春“コンサート”編(ボクとボクらの話)
消えていた2階の電灯
「あいつを呼びに行こう」と親友のみっちゃんのアパートを出て、彼のバイト先の病院へ向かったわたしたち。
病院がバイト先といっても、彼は医師でも、医師の卵でもない。
夕方になり、病院が閉まると同時に2階の事務室へ行き、朝まで医療事務の仕事をしているのだった。
みっちゃんは、病院の2階の電灯が消えているのを見て、今日の日付を再確認するようにつぶやいた。
「そうか、今日は8日かあ・・・」
みっちゃんは、どうして彼がバイト先の病院にいないのか、今彼は何をしているのか、詳しく教えてくれた。
と言っても、それらは、彼の友人からみっちゃんが聞き出した情報だった。
彼の仕事は1週間
彼は、毎月、月始めに仕事をしていた。
月始めに、前月分のまとめの書類を作るのが、彼の仕事だった。
なぜ、1週間だけ仕事をしていたか。
月始め1週間以内に書類を提出するという締切があったからだ。
病院では、持ち前の集中力でかなりの仕事量をこなしており、収入もそこそこ良かったらしい。
実家から、生活に困らない程度の仕送りがあったが、愛用の中古バイクの補修にお金が必要で、この仕事の収入は、彼の生活の手助けとなっていた。
ただいま休眠中
今月の仕事も終わり、彼は、ただいま自宅で「休眠中」なのだろう。
「休眠」というのは、学校へも行かず、誰にも会わず、ただひたすら眠ること。
1週間、昼夜逆転の生活を送っていた彼独特の「時差ボケ解消術」だった。
これも、みっちゃんが彼の友人から仕入れた情報。
ちなみに、今回の情報源となっている彼の友人とみっちゃんは、同じ専門コース(教科課程)で、同じゼミの仲よし。
(2人は以前つきあっていたという噂もあるが、真相は、親友のわたしにもわからない)
みっちゃんは、その友人と一緒に、彼のアパートを訪ねたことがあった。
その日は、友人だけが部屋に入り、みっちゃんは、友人の用事がすむまで外の通路で待っていたらしい。
ドアの横に置いてあった大きなバイクが今でも印象に残っていると言っていた。
部屋の中へ入る
わたしたちは、とうとう彼のアパートへ押しかけた。
彼は、夜の突然の訪問者に少し驚いていたが、「休眠」後すぐだったため、考えることが面倒な様子だった。
みっちゃんが、「今日はもう8日だよぉ」と大げさに言うと、用事も聞かずにすんなりと部屋の中に入れてくれた。
それにしても、女の子2人が部屋の中にあがり込んでも、何とも思っていないような彼の態度にはびっくりするやら、あきれるやら・・・。
「彼は遊び人かもしれない・・・」
彼が冷蔵庫から取り出したきたコーラを、3つのグラスに注ぎ分けながら、わたしは少し不安になった。
(後日聞かされた彼の友人そして本人の証言・弁明によると、この遊び人疑惑は、全くの誤解。彼は、女の子とつきあったことはなかった。)
みっちゃんの注文
「2人で話してたら、歌が聞きたくなって・・・」とみっちゃんが訪問の理由を簡単に説明した。
みっちゃんは、彼を呼び出して、わたしの前で得意のものまねでもやってもらおうと思っていたわけだから、この理由もまんざらウソではなかった。
彼は、「てっきり(彼の友人の)おつかいで来たかと思った」と言ったが、歌が聞きたいというみっちゃんの言葉に敏感に反応した。
彼のサービス精神に火が付いたようだった。
みっちゃんは、本棚にあった「ふきのとうギター楽譜集」を取り出し、彼にふきのとうの歌をリクエストした。
そして、「ふきのとうが本当に歌っているような歌い方でお願いね」と付け加えた。
調子が出てきた彼
リクエスト曲の中で「別れ」をテーマにしている歌は、ワンコーラスだけで強制的に終了させられ、次のリクエスト曲へ移っていった。
その様子を見て、今日の訪問の目的が、わたしを元気づけるためだけじゃないことに気づいた。
みっちゃんは、今日の訪問をきっかけに、わたしたち二人をくっつけようとしている。
「つきあっちゃえば?」という、みっちゃんの言葉。
それが、今頃になってじんわりとわたしの心に押し寄せてきた。
しかし、そんなわたしの気持ちの変化など、ちっとも関心がなさそうな彼。
さっきまで「休眠中」だったことも忘れ、だんだんと調子が出てきたようだった。
向かいに住んでいる大家さんから苦情が出ない程度のギターの音と声で、みっちゃんのリクエストに次々と応えていった。
声も歌い方も注文通り、ふきのとうのメンバーである山木さんや細坪さんに似せて歌い続けた。
コンサートが終了して
彼の歌を聞きながら、みっちゃんは、露骨に言った。
「明るくていい歌だと思ったけど、別れちゃうのかあ・・・」
「もう、なんで別れの歌ばっかりなの!」
これには彼も思わず苦笑い。
みっちゃんが「次が最後のリクエストね」と言った曲を彼が歌い終わったところで、コンサート終了。
ギターを片付けようとする彼にむかって、
「ねえ、この子、さっきまで泣いてたんだよ」
わたしが制止するのも聞かず、みっちゃんは突然、わたしのことを話し始めた。
みっちゃんは言った。
「だいじょうぶ!この人はちゃんと受け止めてくれるから!」
そして、話し終わると、「用事があるから先に帰るね」と言い残し、みっちゃんは、静かに部屋の外に出て行った。
※ この物語は、フィクションです。
※ 続きは、下記リンクをご覧ください。