ボクの“うつ”体験 ④ ~ 自分から休む

ストレスの怖さ

転勤後も仕事は順調

2006年4月に新しい職場へ転勤したわたしは、同僚にも助けられ、主任の仕事と自分の仕事を順調にすすめていた。

心療内科への通院も続けており、ときおり気分が悪くなったときは、薬(気分が悪くなったときに飲むよう処方されていた)を飲み、1時間もすると、元の状態に戻った。

忙しい職場だったが、よく飲み会が計画され、わたしは適度に気分を発散させていた。

苦手な出張

2007年度が始まり、わたしは、自分の仕事のかたわら、職場全体に関する別の役割をになうように言われた。

引き継ぎ書を見て、自分でもできそうな仕事で安心した。

しかし、出張のなかった主任と違い、各職場の同じ役職が集まる県・市の会合や研修会へ出張することがあった。

通常のスケジュール通りに仕事ができないので、若い頃から出張が苦手だった。

結局、出張の翌日は、朝早く出勤し、たまっていた昨日の自分の仕事をした。

自分の仕事での行き詰まり

職場全体の仕事は、同僚の協力で何とかこなしていたが、自分の仕事は、問題行動の対応で行き詰まりを感じていた。

すぐに解決できるような問題であったが、解決するとまた新たな問題が発生するという日々が続いた。

職場に積み残してきた問題への対応を考えるのが自宅での日課となった。

その頃から、気が付くと息をしていないことがあったり、通勤帰りに自宅を通り過ぎ、違う場所で「ふと我に返る」という信じられないこともあった。

これが、ストレスの怖さなのか。

自分から入院を決断

1㎜もない選択肢

通院し、投薬治療を続けていたが、「過度なストレスを受けている。少し休んでみてはどうか」という先生の言葉も耳に入らない状態だった。

仕事を休むなんて、自分の脳内には1㎜もない選択肢だった。

わたしは、休みの代わりに、ストレスを解消するための「息抜きをしてみたい」と言った。

先生からは、「過度なストレスを受けていると、息抜きが息抜きにならない人が多いんです」と言われ、「とにかく休むこと」を重ねてすすめられた。

大丈夫じゃないだけに・・・

2007年11月、家族とレンタルショップに行くと、小田和正さんの歌が店内に流れていた。

この歌は、2007年上半期朝ドラの主題歌だったと教えられた。

「ダイジョウブ」という歌らしい。

自分の今の精神状態が「大丈夫じゃない」だけに、その歌の題名を聞いただけで、ドラマの内容も、歌詞も知らないこの歌のメロディーが、自分の心の中に入り込み、久しぶりにホッとした気持ちになった。

朝飲んだ「気分が悪くなったときに飲む薬」が、心を落ち着かせてくれたせいかもしれないが、「歌ってこんな力もあるんだな」とふと思った。

とうとう休むことに

2007年12月初旬、わたしは、病院で診察を受けながら、自分から「休みたい」と言った。

そして、当時病院の2階にあった病室に入院することになった。

職場の同僚から見れば、昨日まで普通に仕事をしているようにみえたわたしの入院である。

急な話なので、職場には大変な迷惑をかけることが容易に想像された。

しかし、それよりも何よりも、とにかく休みたいという気持ちの方が上回った。

無責任と言われようが、精神的に弱いと言われようが、どう思われようが、とにかく休みたかった。

こんこんと眠り続けた

入院1日目の朝、2人部屋だったので、相部屋になった人と簡単にあいさつをした後、わたしはベッドで眠った。

起きたのは昼過ぎで、看護師さんから昼食を食べるよう言われ、ベッドまで運んでもらった。

食べ終わり、横になっていたら、また眠ってしまった。

ベッドまで、朝、昼、夕と食事が運ばれ、それを食べるとすぐにまた眠る、これが3日間続いた。

入院仲間から後で聞いた話だが、「今度入院した人は、かなり重症らしい」とみんなで話していたそうだ。

それぐらい、病室で、こんこんと眠り続けた。

そんなわたしが、退院をし、仕事へ復帰するが、次回はそのことを書きたい。

 

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